避難のためにワタシがしたこと

1年前のことです・・・
1年前の今日(もう昨日ですね)ワタシが何をしたのか、思い出してみました。
結局、「災害に対しある程度は対処できるだろう」と、妄想していたワタシ(多分、多くの日本人的感覚)が、どれだけのことができたのか?書いてみたいと思います。(不鮮明な記憶もアリ)

地震がおき、大きかったので息子はテーブルの下へ。NHKをつけ、自分は食器棚を押さえる。特に被害はなし。

NHKニュースをみている限り、かなりおおきな地震だと認識。
2階へ「避難グッズ袋」を取りに行く。
しかしながら、家にある「懐中電灯」が全部点灯しなかったので、あせる。
(息子のプラレール電池ストックがたくさんあったんで助かった)

NHKニュースはますます緊迫。何度も余震があって恐かったので、貴重品を集め、着替え・身の回り品をバッグ等に詰め、息子に「幼稚園バッチ」(名前、住所、血液型党が書いてある)を付け、揺れて落ちそうなもの等を、床に置く。
(幼稚園バッチを付けたのは、名前確認と、避難所が幼稚園になるであろうことを考えた。ワタシも幼稚園保護者バッチをつけた。)

更に緊迫の度合いが深まったので、1階の窓を開け、風呂に水をため、保冷剤を冷凍庫に入れ、氷を大量に作る。お菓子を集める、水・毛布・防寒着をもってくる。
ダンナ・親戚と連絡をとろうにも、とれない。携帯の充電をする。

さしあたりの食料を求めて、パン屋に「サンドイッチ、総菜パン、菓子パン、ハードパン」(日持ちするもの)ドリンク3人3日分を買い出し。

暗くなってもダンナと連絡とれず。地震の現状はますます予断を許さない感じ。
余震は続き、NHKを見ながら、もっていける限りの荷物を集め、TVのある部屋にこもる。

暗くなって、TVを見る限り、ますます予断を許さない状況に陥っている。
お湯が出たので、息子にシャワーをあびさせ、ワタシもあびる。
息子の着ている服、荷物の中の服すべてに名前を書く。サンドイッチの夕食。

余震が続くため、テーブルの近くに毛布をひいて、息子を寝させる。揺れたと同時に息子を起こし、テーブルの下に避難させる。(防寒着を着たまま。窓も空いているので・・・)
ダンナと連絡がとれる。(ダンナは電車がストップに加え、東北支社と連絡がとれないため、会社に泊まることとなる。)TVでは恐ろしい状況がな流れ続ける。
一睡もできず、余震のたびに息子を起こし、非難準備。

夜が明け、状況がだんだんわかってくる。(NHKつけっぱなし)
ガソリンを入れに行こうにも、不安があって外出できず。(ガソリンが1/3しかなかった)
被害状況がわかるたびに、荷物をたくさん作る。布団等圧縮して持っていけるよう整える。ダンナと連絡は取れている。電車が混雑しすぎて、なかなか帰れないとのこと。

昼過ぎダンナ帰宅。駅前町の状況を聞く。
TVを見ながら、3人リビングですごし、リビングで寝る。災害状況がわかってくる。

日曜日には「食料を求める人たち」で、ガソリンスタンドも、スーパーもいっぱい!
買いに行けず・・・

こんな感じでした。忘れた部分もあると思います。
ワタシとしては、精一杯のコトをやったつもりでしたけど、まだまだ甘かった・・・
ワタシが「非常用食料」を求めに行ったときは、家の近所はまだ「安穏」としていたので、ガソリン確保&スーパーへの保存食糧確保&燃料確保は、やろうと思えばできたはず・・・パンとドリンク3日分(手で食べられるのはグッド!)を買ったのは、評価できますが(電気を使わないで済むため)、たとえばあのまま、「家の中は危ないので、緊急避難」となった時に、十分か?と聞かれれば不十分だったと思います・・・少なくとも、米・お菓子等の非常食・カップラーメン等・ガスボンベは、買いに行けたのに、そんな発想もなかった時点で、アウト!ですね。
3人3日分の「パン惣菜」あつめしか、できなかったワタシは、本当の意味での、危機管理能力が足りませんな・・・
震災のあった日は、特に近所の人々は騒いでいなかったし、パン屋さんの店員も客ものんきで、ワタシの方が「そんなにのんきでいいのか!キィーッ!!!」って思ったくらいだったのにね。
スーパーに「食べ物が無い」というのを経験したのって、早々ないと思うわ。
本当に何もないの。あるのは「トマトの缶詰」とか」「調味料」とか「日用品」とかばっか。なにもないなかで、スパゲティを見つけた時は、喝采をさけんでしまったくらい。(人間のエゴを感じた瞬間・・・って、ワタシも買えれば、真っ先に買い占めをしていたんで、エゴは仕方がないよね。こういう時は、自己防衛本能が働くし。家族は自分で守らないといけないし。)
たまたまウチの近所では、そういう状況になったみたいでしたけど、ダンナ実家近所はそうでもなかったみたい。いろいろあったし。(だから息子をあずけた)
それでも「被災地」ではなかったので、ライフラインに問題はなく、生活はできたんですよね。だからヨカッタんですが・・・

こうやって思い出すと、反省点が多すぎますね。
当時はイッパイイッパイだったんですけど・・・コレ、言い訳ですわ。
これを「教訓」に、何かあったら「どうするべきか」少しは考えられたかな?だったらいいな。でも、こういう「反省点が生かされる状況」は、あってほしくない。

もちろん「なにか」はない。のがベストです。

でもね、本当に怖かったんです。
ワタシが息子を守らなきゃいけないし・・・ダンナはどうなっているかわからなかったし・・・うつが酷かった時期だったので、薬を飲めない(薬を飲むと、ぼーっとして、判断力が鈍る。眠くなるし)のもツラかった。
非常用食料の「無さ」にも、びっくりしたし・・・カップラーメンとか、缶詰とか、カセットコンロの燃料とか、水とかお菓子とか。あれは本当に、「どうしよう!」っておもったね。
ダンナ会社付近のコンビニに、食料があるって聞いたとき、本当にほっとした。
避難所等に避難しなくても大丈夫だったので、少し安心できたし、双方の実家と連絡が取れたし、家族や連絡が取りうる友人たちも、大丈夫だったし、それはありがたいと思いました。
でも、情報は入り乱れるし、デマはとぶし、ネットはつながらないし、「何が本当で、大事で、何が嘘なのかわからない」あんな状況は、たまらないですよ。
あんな体験は、被災地でなくとも、もうしたくないです。

いろんなコトを含め、あの日のことは、忘れられないわ・・・
死ぬまで忘れられないわ・・・
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by 7airways | 2012-03-12 00:51 | 日々是妄想

ショックなできごとがあり、沈んでおります・・・ラウールぅ!更にお馬さん引退・・・浮上するのはいつになるのか?はぁ~せつないですねぇ・・・くすん。


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